アマチュア野球と言えば高校野球!!
高校球児と言えば坊主頭!!
夏と言えば、坊主頭の高校球児が甲子園で躍動する姿を見るのは、日本の風物詩ですよね。
そのおかげ?もあってか、坊主=野球部という認識が世に浸透していますよね。
たくさんのスポーツがある中で、なぜ野球部だけが坊主なのでしょうか??
野球は夏にやるスポーツだから!
帽子をかぶってプレーするため頭が蒸れるから!
よくわからないけど伝統だから!
同調圧力だから!
等々さまざまな説を耳にします。
では野球部が坊主の本当の理由は、何なんでしょうか??
あほのこなりの見解を予想します。
この記事を読むと、野球部=坊主になった時代背景と理由がわかります。
野球部が坊主の理由は、〇〇だった!?
では、さっそく結論を。
野球部が坊主の理由は、太平洋戦争が原因です。
戦争が原因で、野球部が坊主になった???
なんの関係性があるんだよ!!!
という声が聞こえてきそうですね。
その理由を見ていきましょう!
時は遡り戦時中、国家総動員法など日本全体が戦争の雰囲気に飲み込まれた時代でした。
金物はすべて武器のために回収され、明日食べるごはんもわずかな配給のみで、苦しい生活を強いられていました。
戦争のための、国の雰囲気は野球も例外ではありませんでした。
国民が我慢して生活をしているのに、学生は戦場にも行かずのんきに野球をやっているのか。
「野球をやめろ。」「中止しろ。」
という批判が野球にも向かうようになりました。
この時、野球の存続に危機感を覚え、立ち上がった人物がいます。
当時、早稲田大学の監督だった飛田穂洲さんです。
「学徒体育訓練実施要綱」が発令されるなど、圧力がかかりましたが、彼は屈しませんでした。
彼は野球を守るために、野球は軍隊育成にもつながるとアピールを続けたのです。
具体的に、厳しい1000本ノック、走り込み、厳しい上下関係、坊主、理不尽なしごき、水を飲まないなど野球は軍隊育成と変わらないと抵抗をつづけたのです。
このおかげで、日本の野球は守られてきた歴史があります。
この飛田穂洲さんの野球が正しいとされ、この伝統が悪い意味で引き継がれてしまって、現代の野球部の理不尽につながってしまったのだと考えます。
現代でも時代錯誤な体罰、理不尽は残念ながら存在しています。
坊主もその悪しき伝統の一部と言えるでしょう。
なぜ野球部は坊主なのか?という理由がわからないまま、先駆者がやっていたことだからという理由だけで、続いてしまっているのです。
つまり、坊主は戦時中の際に、野球を守るために行われたといのが大きな理由です。
現代は戦時中ではありません。そのため坊主になんの科学的理由はないと言えます。
ただ勘違いしてほしくないのですが、飛田さんは野球を守るため仕方なく行ったということです。
飛田穂洲について、桑田真澄さんが早稲田大学まで通い研究しています。
なぜ桑田真澄さんが、早稲田大学へ入学し飛田穂洲さんを研究しようと思ったのか!?
桑田さんの生涯を理解することで、その理由がわかります。↓
あほのこが思う坊主論
私は現役時代坊主はそんなに嫌いではありませんでした。
むしろ野球をやるなら、それくらい当たり前だと思っていました(笑)
むしろ髪の毛すら捨てられないやつが野球なんてできないと思っていました。
坊主は楽だし、みんな同じ髪型なら気にならないという人だったので(笑)
シャンプーも楽だし、髪のセットも必要ないので。
しかし、野球界のためを思うなら坊主は反対です。
高校の時ですが、中学まで野球をやっていた友達はたくさんいましたが、坊主が嫌で高校の野球部に入らない。という選手がたくさんいたからです。
現・楽天の岸投手も坊主を強制していないため、名取北高校に進学をしたという話も有名です。
年頃の年齢であるため、坊主を嫌がる中高生は多いでしょう。
たかが坊主で野球をやめる選手がいるのも事実です。
坊主で人材を失うのはナンセンスでしょう。
ましてや、大学野球、社会人野球、プロ野球では坊主の選手はほとんどいません。
さらに、一般の社会人で坊主頭の人もほとんどいません。
つまり、大人には坊主にしないなんらかの理由があるのです。
それなのに、中高生には坊主を強制するのはおかしな話でしょう。
野球の指導者は、自身が答えられないのに、伝統だからという理由で坊主を強制しているのです。
まとめ
野球部はなぜ坊主なのか?まとめです。
- 野球部が坊主である理由は、太平洋戦争が原因
- 世間が戦争一色の中、野球は戦争にも役立つとアピールしなければならなかった
- それゆえ、坊主、厳しい上下関係など始まった
- それらが受け継がれてしまって野球部=坊主となった
ということです。
ほかにも意見があればコメントしていただけると嬉しいです。
それでは!!
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